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ブラジル滞在記「日々」 Diario da Fabiana*
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最初に書くべきことを忘れてました。

今回、私がブラジルへ行く機会ができたのは絹谷さんのおかげです。

絹谷さんは2003年にブラジル、サンパウロ大学へ一年間彫刻の勉強のために留学して
その時の体験や日系移民の方々へ敬意を表する意味を込めて
2008年の日本ブラジル交流100周年へ向けてモニュメントの制作をしてきました。
絹谷さんがブラジルへ留学する頃から私もブラジル音楽にだいぶ興味を持っていたので
会うたびにブラジルの話が聞けたり、日本に留学してるブラジル人に会う機会に恵まれたり、
絹谷さんはブラジルを近くに感じさせてくれた一人です。
何度かお話する度に、私のブラジルへの思いを伝えていましたら
そのプロジェクトのお手伝い、ということで行ける機会を作ってくれました。

はい、お手伝いですので一応ブラジルでの私の仕事があります。
それは、絹谷さんの制作のお手伝いをする人、うっちーさんとトミーのための
身の回りの世話、です。
ご飯作ったり、洗濯したり、掃除したり。

朝は4時とか4時半に起きて朝ごはんとお弁当を作ります。
朝ごはんは近くのパン屋で買うフランスパン
(ブラジルのフランスパンはグーよりも少し大きいくらいのコロコロしたものが主流です)
にモルタデッラというハムとケイジョプラッタというチーズを温めたものと
レタスとトマトを挟んだサンドイッチとバナナとコーヒーでした。
ケイジョプラッタは温めるとお餅みたいでとてもおいしかったです!!
日本でも食べたいくらい。
お弁当はほとんどのり弁でした。
前の晩の夕飯の残りを詰めたりしてました。

バタバタしてると二人が起きてきて、5時20分くらいにご飯食べ始めます。
5時40分くらいには二人は家を出ていく、という感じでした。
二人が出てから私は朝ご飯食べて洗濯掃除すると
早くて8時、遅いと10時とか11時になっちゃってました。

それからが自分の時間でした。

カバコを買ってからはその時間を大体は練習にあててました。
時々、バスに乗って本屋に行ったりしましたが、大体はこもってました。

食料調達には不便はなく、近くに大きなスーパーがあったので
いつもそこで買ってました。
日本米に近いお米を買うときや日本食材がほしくなった時は
バスで橋の向こうのスーパーまで行ってました。
リベルダーヂ(東洋人街)にはとてもたくさんの日本食材が揃ってました。
本当に何でも!!コアラのマーチも柿の種もありました。
でも、私が住んだ場所からは少し遠かったので、2,3回行ったくらいでした。

ブラジルの食材は何でも大きかったです。
ピーマンもキュウリもカボチャもお肉もコーラも(3.3リットルのペットボトルもありました)!。
そしてみんな大量に買っていくのです。
さすが大国ブラジル。日本と単位が違います。
しかし、買う前のものを食べてる人もいるのに誰も注意しない、とか
食べかけのものがいきなり置いてある、とか
食べ物の隣りに洗剤置いちゃう、とか
大らかすぎます。(笑

夕飯は大体煮たモノを作ってました。
ムケッカ(魚介のココナツ煮込み)とかクリームシチューとか牛肉とじゃがいものカレー煮とか
鶏肉(ブラジルの鶏肉は超おいしい!)とシュシュ(瓜の一種かな?)の煮込みとか。
適当でした。はは。唐揚げも作りましたねぇ。
パウミットは欠かしませんでした。サラダに毎日入れてました。
日本でも手軽に買いたいです。パウミット。。。
PA0_050.jpg
↑ムケッカ♪

PA0_124.jpg
↑サッポロ♪
1000円くらいで売ってた!高!!

二人は大体19時半くらいに帰ってくるので、それから3人でご飯食べてました。

22時くらいだともう私はリミット。眠くて仕方ありません。
昼寝も結構してたのですが、ブラジルはいつも眠かったです。
なぜだろう・・・?



こんな毎日でした。
ありがたかったのは私が作ったものをおいしいと言って二人が食べてくれてたことです。
まずい、と言われたら私がブラジルにいた意味がなかったですから。。。

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