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2008年07月 Diario da Fabiana*
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ブラジルで初めて見たライブはFABIANA COZZAさんのライブでした。
私がFABIANAと名乗っているのは、実は彼女からとったものです。
http://www.fabianacozza.com.br/
CAMISA VERDEというサンパウロのサンバチームの曲を歌っているので
きっとサンパウロの人だろう、と、サンパウロに行ったら是非彼女の歌を聴きたい!と
渡伯する前から思ってました。
そしたらなんと!showがあるではないですか!
しかも3日間連続公演!
しかも初日はマリア・ヒタがゲスト!!!!
これは逃せませんっ。
しかし、一緒に聴きに行ってくれる人がいなかったので
当日の午後に一人でイビラプエラ公園まで行き、(遠かったー。。。)
当日券を購入!
マリア・ヒタは国民的歌手なので売り切れ覚悟でした。
でも、前から10列目!(確か)
しかも、割と中央!!
ラッキーでしたっ!
開演まで時間があったのでSE広場の近くで時間つぶしてました。
そして再びイビラプエラ公園へ。


ライブは民族的なテンポのない歌をアカペラで歌いながら登場して始まりました。
マイクを使っていないのにホールに声が響き渡ります。
この時点ですでに圧倒されました。ワタクシ。
相当な声量です。
CDでの大人しい印象と全然違いました。
そして2曲目のサンバでノックアウトです。
こんなに素晴らしいアーティストを私はすでに知っていたなんて、
感激してしまって涙がしばらく止まりませんでした。

2ndアルバムからの曲を中心にライブが続きます。
演奏の細かい部分はもちろんどこをとっても素晴らしいのですが
showとして一番重要であるかもしれない「タイミング」が絶妙なのです!!
MCのあとの曲への入りとか、
ルバートのアカペラで歌った後ですぐにインテンポで入るところとか、
エンターテイナーはこうあるべき、と思いました。

マリア・ヒタは最後に登場。
すると観客の反応が更に大きくなりました。
絶大な人気を間近に感じました。
もちろん私も更に興奮です。
ステージの二人はサンバを歌ってました。
マリアヒタの曲とスタンダードなサンバを。
やはりさすがマリアヒタ。
余裕な感じは同い年に見えません。

アンコールはサンバメドレー。
観客総立ちでみんな歌ってました。
私も知ってるような曲ばかりでした。
サンバはいつでもサンバだなぁ、と思いました。

本当に素晴らしいライブでした。
ずっと焦がれていたshowがとても素晴らしかったこと、
すごく久しぶりに生の音楽聴けたことが相成って
帰りのタクシーでも感動の余韻でまた涙が。
次の日起きて思い出してもまた涙が(笑)


ファビアーナさんはとても表現力のある人です。
踊りながらも気持ちがこもっていて、そして歌に安定感がある。
サンバの枠を越えたいい音楽のshowでした。


ちなみにこの公演の最終日も聴きに行けたのでした。
最終日のゲストのピアニストYaniel Matosさんもとても素晴らしかった!
Xango Te Xingaという曲でソロを彼が弾き出すと
とーーーーーーーーっても暖かくて優しいさわやかな空気に会場が包まれたのです!
Yanielさんはラテン系のピアニストだけど、
音楽の垣根を取っ払うことを教えてくれた気がしました。
あれは本当に素晴らしかったぁ。
個人的にファンになりそうです。



私はブラジルへ行くまではかたくなに自分のこだわりを曲げられずにいたのですが
そんなことで、行けるはずの道を自ら閉ざしていたと、
ブラジルの音楽は気づかせてくれました。
それは自分の小ささを教えてくれたということでもありました。
この感覚、忘れないようにしたいです。
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ブラジルから帰ってきてから、どうにも夏が来る気がしてなくて、
今が9月なんじゃないかと感じていたけど、
ようやく蒸し暑い夏を迎える決心ができてきたような。

しかし、暑いっす。


ブラジル滞在記書かなきゃ忘れそう。
思い出だけになっちゃいそう。


先週から仕事始まってひーひー。
でも、慣れたら休みもとりやすいみたいだから
そしたらライブもしたい。


んー、毎日5時半起きしてます。
健康的に眠いです。。。
悶々としてましたが、Contemporaneaでは毎週土曜日の昼間に
RODA DE CHORO(ホーダ・ヂ・ショーロ)が行われていて、
あまりショーロに興味がなかった私ですが、
「もうこの際なんでもいいから聴かせて!」
と思って行きました。

楽器屋の奥の一室は人で埋まっていました。
奥のほうで楽器を演奏する人が輪になって、
歌う人はその中央に立って、聴く人はその周りを囲んでいます。
ショーロの集まりとはいえ、歌う人もたくさん参加してました。
合間合間にインストの曲が演奏されます。
みんな、譜面なんてありません。
歌う人が曲とキーを指定すればみんな演奏してくれます。
素晴らしい!
ギターは6弦とか7弦、サムピックする人もいました。
カヴァキーニョ、バンドリンはもちろん、
ヘボロ、パンデイロもいました。

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私はしばらく生で演奏する音を聞ける喜びに浸ってました。
歌う人の表情を見てるだけで、「あぁ、この国の音楽だなぁ」と感じました。

音楽を聞いてるだけの私でしたが、隣のおじさんが話しかけてきます。
「あなたはいつブラジルに来たんだ?」
「いつ帰るんだ?」
「どこにいま住んでるのか?」
質問の嵐です。(笑
「4月22日にブラジルに着いて、6月の終わりに日本に帰るよ」
と答えると、
「ああ、なんて寂しい」
なんて言ってくれたり。
まだ初めて会ったばかりですけどー。(笑
私も曲のタイトル聞いたりして、少しコミュニケーションしてると
また別のおじさんが話しかけてきます。
「あなたは歌うかい?」と。
私は初めてきた場所だから歌うつもりでなかったので、
「来週歌うわ」
とだけ答えましたが、
「歌え歌え」
と言ってくれるので、一曲だけ歌いました。
NOEL ROSAのPALPITE INFELIZを。

楽器が一斉に鳴ると、もういてもたってもいられません。
調子に乗って下手なサンバノペ踏んじゃいました。
私が歌い始めたら、あらなんと、みんな歌い始めます。
この曲はとてもポピュラーのようです。
構成の指示もよくわからなかったけど、なんとか歌い切りました!
喝采のようなものもいただきました。
とても気持ちのいい時間でした。

歌い終えたら「PARABENS(おめでとう、よくやったの意)」とたくさん言ってもらえました。
ブラジルにいる間はなるべく通おうと決めました。



これが私が初めて行ったRODA DE CHOROでした。
それから3,4回は行きました。
日本で人気のある曲もブラジルではいまいちだったり、
日本では当たり前のような構成もそこではうまくいかなかったり、
日本とのギャップがあって大変面白かったです。
DENさんにキーの指定の仕方を教えてもらってから渡伯できてよかったです。
知らなかったらもっと歌うことが困難になってたと思います。


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同じ音楽を愛するだけでこんなにも垣根がなくなってしまうことを体感しました。
言葉がすんなり通じなくても、迎え入れてくれたみんなに心から感謝しています。
私がブラジルにいた2ヶ月間で一番暖かかった場所でした。


しかし、みんな素人なのに上手だったぁ!
プロもたまに遊びに来てましたが、更に上手いのね。
うー、ワタクシまだまだです。
最初に書くべきことを忘れてました。

今回、私がブラジルへ行く機会ができたのは絹谷さんのおかげです。

絹谷さんは2003年にブラジル、サンパウロ大学へ一年間彫刻の勉強のために留学して
その時の体験や日系移民の方々へ敬意を表する意味を込めて
2008年の日本ブラジル交流100周年へ向けてモニュメントの制作をしてきました。
絹谷さんがブラジルへ留学する頃から私もブラジル音楽にだいぶ興味を持っていたので
会うたびにブラジルの話が聞けたり、日本に留学してるブラジル人に会う機会に恵まれたり、
絹谷さんはブラジルを近くに感じさせてくれた一人です。
何度かお話する度に、私のブラジルへの思いを伝えていましたら
そのプロジェクトのお手伝い、ということで行ける機会を作ってくれました。

はい、お手伝いですので一応ブラジルでの私の仕事があります。
それは、絹谷さんの制作のお手伝いをする人、うっちーさんとトミーのための
身の回りの世話、です。
ご飯作ったり、洗濯したり、掃除したり。

朝は4時とか4時半に起きて朝ごはんとお弁当を作ります。
朝ごはんは近くのパン屋で買うフランスパン
(ブラジルのフランスパンはグーよりも少し大きいくらいのコロコロしたものが主流です)
にモルタデッラというハムとケイジョプラッタというチーズを温めたものと
レタスとトマトを挟んだサンドイッチとバナナとコーヒーでした。
ケイジョプラッタは温めるとお餅みたいでとてもおいしかったです!!
日本でも食べたいくらい。
お弁当はほとんどのり弁でした。
前の晩の夕飯の残りを詰めたりしてました。

バタバタしてると二人が起きてきて、5時20分くらいにご飯食べ始めます。
5時40分くらいには二人は家を出ていく、という感じでした。
二人が出てから私は朝ご飯食べて洗濯掃除すると
早くて8時、遅いと10時とか11時になっちゃってました。

それからが自分の時間でした。

カバコを買ってからはその時間を大体は練習にあててました。
時々、バスに乗って本屋に行ったりしましたが、大体はこもってました。

食料調達には不便はなく、近くに大きなスーパーがあったので
いつもそこで買ってました。
日本米に近いお米を買うときや日本食材がほしくなった時は
バスで橋の向こうのスーパーまで行ってました。
リベルダーヂ(東洋人街)にはとてもたくさんの日本食材が揃ってました。
本当に何でも!!コアラのマーチも柿の種もありました。
でも、私が住んだ場所からは少し遠かったので、2,3回行ったくらいでした。

ブラジルの食材は何でも大きかったです。
ピーマンもキュウリもカボチャもお肉もコーラも(3.3リットルのペットボトルもありました)!。
そしてみんな大量に買っていくのです。
さすが大国ブラジル。日本と単位が違います。
しかし、買う前のものを食べてる人もいるのに誰も注意しない、とか
食べかけのものがいきなり置いてある、とか
食べ物の隣りに洗剤置いちゃう、とか
大らかすぎます。(笑

夕飯は大体煮たモノを作ってました。
ムケッカ(魚介のココナツ煮込み)とかクリームシチューとか牛肉とじゃがいものカレー煮とか
鶏肉(ブラジルの鶏肉は超おいしい!)とシュシュ(瓜の一種かな?)の煮込みとか。
適当でした。はは。唐揚げも作りましたねぇ。
パウミットは欠かしませんでした。サラダに毎日入れてました。
日本でも手軽に買いたいです。パウミット。。。
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↑ムケッカ♪

PA0_124.jpg
↑サッポロ♪
1000円くらいで売ってた!高!!

二人は大体19時半くらいに帰ってくるので、それから3人でご飯食べてました。

22時くらいだともう私はリミット。眠くて仕方ありません。
昼寝も結構してたのですが、ブラジルはいつも眠かったです。
なぜだろう・・・?



こんな毎日でした。
ありがたかったのは私が作ったものをおいしいと言って二人が食べてくれてたことです。
まずい、と言われたら私がブラジルにいた意味がなかったですから。。。
せっかくなので、ブラジルにいたことをブログにまとめてみようと思いました。
もしかすると、とても面白くない文章になるかもしれませんが、
貴重な時間でしたので、そのときの気持ちを残す作業は必要だと感じる今のうちに
やってみようと思います。


実は、ワタクシ初めての海外でした。
長時間飛行機に乗るのも、アメリカで乗り換えるのも、日本語が通じない国へ行くのも、
全てが初めてでした。
飛行機なんて日頃滅多に乗りませんので、無駄に
「落ちたらどうしよう」
なんて心配もしました。
とり越し苦労でしたが。

サンパウロは空気が乾燥していて、日差しが強くて、空港に降りた瞬間から
異国というものを感じました。
ずっと憧れていた国でしたので、着いたときは嬉しくて仕方なかったです。
借りるアパルタメントまでの車から見えるもの全てが新鮮でした。
右側車線の道路、ファベーラ、クラクションを必要以上に鳴らす二輪車、
見た目の構造的にとても不安な建築物、大きなトラック、日本車、
そして人、人、人。
私は勝手に
「ここに住めば音楽にあふれているだろう」
と思っていたので、最初は期待に胸ふくらませてました。
でも、結局はそんなことは決してなく、音楽は音楽が好きな人のもとにしかない、
というのが現状でした。

ブラジル人でもサンバに興味のない人はたくさんいて、
近所の雑誌屋(BANCA)のおじさんもそうだったし、知ってる日系人もそうでした。
私はそれが一番最初にショックを受けたことでした。
2か月滞在して思ったのは、ブラジルは階級社会が残っていまして、
「立場」みたいなのがあります。
でも、それでバランスを取っている国なので、なくすことはできませんが、
そのためにサンバを馬鹿にする人たちもいるのだと感じました。
サンバは下流階級に好まれる音楽なので
「あんなうるさい音楽をやってる人たち」
という感じらしいです。
音楽を音楽として聴けないなんてとても残念なことです。
偏見や先入観や価値観で音楽を選択していくなんて
おいしい料理を食べ損ねていることと同じことだと私は思います。
ちなみにMPBは中流以上の階級に好まれる音楽らしいです。

とりあえず、生で聴ける音楽がしばらくはほとんどありませんでした。
日常に音楽がないなんて!
音楽のない生活なんて私には考えられません。
ましてや、好きな音楽の国にいるのに!!
観光で来たわけではなかったので、夜の一人歩きはしにくい状況にあったので
ライブも見に行けない、というストレスが溜まる一方でした。
とりあえず、カバコを買いに行こう、と思いました。
昼間の空いてる時間にできることはカバコの練習くらいしか思いつかず、
しかもサンパウロは楽器をよく扱っていると聞いていたので、
今の私がブラジルでできることをしよう、と思ったのです。
Contemporaneaは打楽器はもちろん弦楽器もたくさん置いてました。
もちろんカバコもたくさんありました。
私は自分が一番しっくりくるものを選びました。
こんな買物は初めてです。
普段、楽器なんて打楽器くらいなので、弦楽器なんて繊細なものを買い物するなんて
私もちょっとは成長したかな、と思いながら買いました。
このカバコのおかげで私はブラジルに滞在した2ヶ月間がだいぶ違うものになりました。
毎日のように触ってた割に上達しませんでしたが(笑

PA0_065.jpg

私はこのカバコをこれから「ぶーちゃん」と呼ぶことにします。
かわいいぶーちゃんは日本の湿気にちょっとへばってる気がします。。。

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